【コラム】五輪の健全な発展を守り、理不尽な権力の介入を監視するのが五輪ジャーナリスト

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(写真:リオで開かれたIOC総会を取材するATRのエド・フーラ編集長と、橋本大周記者)

(ATR Japan)史上初の難民選手団を含む世界205カ国・地域が参加する2016年リオデジャネイロ五輪が開幕した。市内のマラカナン・スタジアムで開かれた開会式は、環境保護への問題提起から始まり、色とりどりの衣装をまとった選手らがサンバのリズムに乗って行進した。観客と選手が一体となったこの光景は、世界平和や多様性を象徴し、多くの人々に感動を与えたことだろう。
この舞台裏では世界各国・地域から集まったジャーナリストが切磋琢磨する取材合戦を繰り広げている。わたしたち米五輪専門メディア、Around The Rings(ATR)もその一員だ。この一部である日本支部のATR Japanは、明治大学情報コミュニケーション学部小田光康ゼミナールと同志社大学社会学部メディア学科小黒純ゼミナールの教員と有志学生らが、ジャーナリズム教育の実践の場として運営している。学生らが主体となり、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会や文部科学大臣、五輪担当相や東京都知事の記者会見など、マスコミ記者と同じ土俵に立って、五輪関連のパブリック・ジャーナリズムを実践してきた。
取材報道の自由はマスコミだけの特権でなく、日本国憲法第21条の「表現の自由」に裏打ちされたパブリック(一般市民)の基本的人権の一つだ。とはいえ、これまで約1年半の活動では、「学生の分際で」「マスコミでもないくせに」などと陰口を叩かれ、日本の報道界の閉鎖性にもたびたび直面してきた。だが、心あるジャーナリストからの支えもあり、様々なクラブ主催の記者会見にも参加し、また、森喜朗組織委会長への直撃取材なども試みてきた。
報道現場での度重なる失敗と挫折の中から、これまで一つ一つの壁を乗り越えてきたことへの自負はある。そしていま、米国オリンピック委員会(USOC)から記者証を発行され、公共政策を学ぶ大学院生記者がリオ五輪の「出場」を果たすことができた。これは、大手マスコミ無所属で最年少の日本人取材記者という意味で、「五輪史上初」となった。この開会式は、わたしたちATR Japanのまた新たな門出だ。
五輪を取材するこれらスポーツ・ジャーナリストの使命とはいかなるものか。これはマスコミ記者であっても、われわれであっても普遍的なものだ。競い合う世界最高峰のアスリートらの身体運動という芸術を克明に描写し、選手の口からふとこぼれ落ちたスポーツにかける喜怒哀楽という発露を注意深くすくい上げ、試合の結果と共に広くあまねく社会に伝えることがある。これは市民社会の豊かさや潤いにつながるだろう。
だが、これだけではない。五輪は市民社会の豊かな財産の一つだ。その豊かさを伝え、後世につなげていくことが求められる。五輪大会が適切に準備・運営されているか、その情報開示や説明責任が果たされているかなど、五輪を含むスポーツのあるべき姿の維持と健全な発展を見守るために、権力からの理不尽な圧力や介入を常に監視し、市民社会に向かって警笛を鳴らしていくことがある。
そこでは、スポーツ分野を含めたジャーナリストには、この市民社会から負託された使命のための規範意識が求められる。この不可欠な三要素がIndependence(権力など取材対象からの独立性)、Critical・Professional Skepticism(真実追究ためのプロフェッショナルな批判的視座)、そしてIntegrity(市民社会や取材対象への誠実さ)である。最後のインテグリティはスポーツのフェア精神にもつながる。
リオ五輪が開かれているブラジルは移民国家で、その人種や文化の多様性に特徴がある。わたしたちATR Japanもリオ五輪取材団の多様性を広げる一翼を担い、あるべきジャーナリズム界の「環境保護」に、前へと邁進していきたい。(小田光康)