人々と東京五輪・パラをつなぐ窓口に 学生団体「おりがみ」(前)

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(ATR Japan)「オリンピックを契機に日本を活気づける」という理念を掲げ、学生団体「おりがみ」が2014年に設立された。結成当初19名だったメンバーも、現在は46名となり、その活動範囲を広げている。活動内容などについて、団体代表の都築則彦さんと明治大学支部代表の綿野知洋さんに話を聞いた。(田村純一朗)

――学生団体おりがみを立ち上げた経緯は。
都築:面白い人と面白いことをしたいというのが原点です。五輪・パラリンピックに向けて取り組む学生団体があると思い大学に入学したのですが、探しても見つかりませんでした。ある五輪・パラ関連のイベントに参加した時、まだ東京五輪に向けての動きが始まったばかりなのを知りました。「これは自分でも何かできるかもしれない」とその時実感し、それが「おりがみ」立ち上げのきっかけです。その後、「日本一の学生団体を作ろう」と周りの人を集めていたら、いつの間にか団体になっていました。

――綿野さんがこの団体に入ったきっかけは。
綿野:昔から五輪そのものに興味があり、五輪が東京で行われると聞いた時は、「私も何かやりたい。むしろやらなきゃダメだ」と思っていました。だけど、当時高校生の私に出来ることなんてほとんどなかったので、大学に入学してから、大学のボランティアセンターに五輪関係の団体がないか尋ね、その時「おりがみ」を紹介されました。

――「おりがみ」という名前の由来は。
都築:色々な説があり整理していますが、最初は「おり(んぴっくを)が(くせい)み(んなで盛り上げていこう)」という意味で「おりがみ」でした。日本文化らしくて、オリンピックの「おり」が入っていて、作り方次第で姿や形は無限に変わっていきます。色々な意味がこの「おりがみ」には込められていますね。

――おりがみの目的は。
都築:五輪を一人でも多くの日本人がやってよかったと、心から言えるようにしたいです。自信と誇りをもって「五輪やってよかった」とみんなが語り合う世界が夢なんです。それを実現するためには、五輪・パラが一人でも多くの人に還元されていくことが、おそらく重要になります。でも、それは待っているだけでは還元されなくて、自分たちから実現したいことを一つでも多く増やすことが重要なのです。そのために、人々が五輪・パラに関わる形を1つでも多く作ることが、今私たちがしている活動ですね。

――それがイベントの企画・運営に繋がっている。
都築:そうですね。でも、そのためにはまず五輪・パラを知らないといけない。なので、五輪関係のイベントに参加する「知る」という段階と、イベントの企画・運営という形で「実行する」という2つの段階で私たちは活動しています。

――今までの中で一番印象的だった活動は。
綿野:夏に長野五輪の開催地に行きました。当時使われた施設の現状や、町の人々は当時何を考えていたのかなどを、現地の人にインタビューしました。本で見ると長野五輪は、開催に消極的なことが書かれていますが、実際に話を聞くと、「やってよかった」とか「町が変わった」とか色々な声が聞けたんですね。施設もきれいで、今でも地元の人に使われ、きちんとレガシーとして残っているのが印象的でした。それを見ると、長野五輪は地元の人に愛されていたんだなと感じ、本では読めないような知識が身につきました。

都築:一番印象に残っているのは、「パラスポーツフェスタちば」というイベントです。千葉県庁と千葉市役所、NHKと「おりがみ」が協力して開催したイベントで、861人集まりました。実は、県と市が協力して何か一つのイベントをやることが千葉県で初めての試みと聞きました。そこにNHKが入り、さらに学生が入ることに面白さを感じ、「おりがみ」だけでなく、千葉県の大学生を呼んで、一つになりつつあったところが印象に残っています。

――学生という枠にとらわれずに活動している。
都築:はい、学生が主軸である必要はあります。ただ、学生だけである必要はないと思っています。文化祭や学園祭も参加するより、企画する側のほうが楽しいじゃないですか。五輪・パラも同じで、絶対企画側に回ったほうが楽しいはず。だから、企画側に回れる可能性を作ることが重要で、将来の日本を動かしていく学生が真ん中にいることで得るものも大きいはずです。私は学生が五輪・パラに関わりやすい仕組みを作ることに魅力を感じていて、「おりがみ」はその窓口みたいな存在です。当初、活動への反対の声もあったのですが、今は快く受け入れてもらえてる部分が大きいですかね。

――具体的になにが反対されるのですか。
都築:団体を立ち上げた当初は、五輪・パラ開催そのものに反対している人が多くて、「あなたがやっていることは復興を邪魔していることなんだよ」とか「学生生活を無駄にしているだけだよ」など言われました。また、学生が社会運動のようなことを起こすことに危機感を持つ人がたくさんいて、その人たちから危険視され、風当たりが強かったです。でも、3年間活動していると、徐々に理解をいただけるようにもなりました。

――団体での活動を通して、五輪に対する見方が変わった部分は。
都築:やはり最初は競技大会ってイメージが強かったです。でも、そうではないことに気がつきました。オリンピック・ムーブメントの中にはスポーツ・文化・環境の3つの柱があり、その柱の中に競技大会があると知った時、見方が変わりました。五輪・パラって、実は私たちが関われる範囲が広いんだなと。

綿野:私はずっと東京にいて、五輪が東京に来るから関わりたいと思っていました。最初のうちは、世界から東京を見てもらい、東京の五輪が成功すればいいという気持ちでしたが、活動していくうちに、結局東京だけが盛り上がっていたら、その五輪は成功と言えないんじゃないかと考えるようになりました。東京だけで盛り上がると、レガシーが東京にしか残らないことになります。それでは、日本国民が五輪やってよかったと思うようにはならないです。せっかくの国際大会を東京だけで完結するのは、もったいないという思いが私の中で芽生えました。直接的ではなくても、地方などで五輪に関係するイベントが行われ、色々な人たちが五輪を考えることで、五輪の可能性が広がるのかなと思うようになりました。(続く)

プロフィール
都築則彦(つづきのりひこ):千葉大学理学部物理学科3年、学生団体「おりがみ」代表

綿野知洋(わたのちひろ):明治大学情報コミュニケーション学部1年、学生団体「おりがみ」明治大学支部代表