「復興五輪」開幕まで1年、被災地復興の象徴を目指すJヴィレッジ

(ATR Japan)2019年7月24日で、2020年東京五輪競技大会(8月9日までの17日間)までちょうど1年になる。大会組織委員会はこの大会を「復興五輪」と位置付け、被災地の福島県や岩手県、宮城県の復興を後押しするとともに、五輪を通して復興の姿を世界に発信することを目指している。ATR Japanではこの「復興五輪」の実相について3回連載する。第2回は「被災地復興の象徴を目指すJヴィレッジ」としたい。

 2020年東京五輪大会の聖火リレーのスタート地に決定した、ナショナルトレーニングセンター、Jヴィレッジ(福島県楢葉町)。1997年に開設されたスポーツ施設で、サッカー日本代表やJリーグクラブの合宿、2002年FIFAワールドカップの際にはアルゼンチン代表のキャンプ地として利用されていた。また、日本女子サッカーリーグの東京電力女子サッカー部マリーゼのホームスタジアムでもあった。

2019年3月11日。この日発生した東日本大震災による福島第一原子力発電所事故が原因で、Jヴィレッジはスポーツ施設から、国が管理する原発事故の対応拠点へと姿を変えた。当時、事故対応にあたる東京電力社員のほか、自衛隊や救急隊、消防隊の隊員で構内はあふれ、多い日には一日約8000人が施設を出入りした。当時のことを、東電社員で現在はJヴィレッジ職員として働く溝口文博さんは「不安はなかった。自分にできることをして、現地を何とかしようという気持ちだった」と振り返る。

2013年7月、事故対応拠点が福島第一原発内に移転したことを機に、公益財団法人日本サッカー協会(JFA)は「Jヴィレッジ復興プロジェクト」を立ち上げ、復興に向けて本格的に動き始めた。当時のピッチは資材置き場や駐車場などに利用され、全面的に芝生を張り替える必要があった。約7年間のブランクを経て、2018年3月にJヴィレッジに戻った溝口さんは「とてもバタバタしていた。再開できるんだという気持ちと、本当に間に合うのだろうかという気持ちがあった」と振り返る。

そして2018年7月28日、スタジアム、天然芝5面と人工芝1面のグラウンド、雨天練習場やフィットネスジム、宿泊棟など一部施設が再開した。その秋には全天候型練習場も運営を開始した。2019年4月20日には施設の全面再開を迎え、事故から約8年をかけ、ようやくスポーツ施設としての機能を取り戻した。

そのJヴィレッジが聖火リレーのスタート地に決定した。溝口さんは「嬉しいです。聖火リレーのスタート地としてにぎわい、交流人口の拡大に貢献出来たらと思います」と語った。また、溝口さんと同じく東電社員でJヴィレッジ職員として働く田中茂さんは「ありがたいと思う。被災した三県を含め、みんなに元気になってほしい。スタート地として注目を浴びると思うので、復興の状況を世界に伝えていく、復興の拠点としての役割をしっかりと果たしたい」と述べた。

事故から8年が経ちスポーツ施設としての本来の姿を取り戻したJヴィレッジ。「建物が立つことが復興ではなく、心の復興が大事」と溝口さんは語る。Jヴィレッジを拠点に他の地域にも足を運び、昔のような賑わいを取り戻すこと、地域の方々の笑顔を取り戻すことが本当の意味での復興だ。事故から8年たった現在も、避難者や事故当時の辛い記憶を抱えている人々は多くいる。彼らに聖火リレーや五輪大会を見てもらい、少しでも笑顔になってもらうことが「復興五輪」の一つの役割だ。(南里沙)

Jヴィレッジの玄関先には、「復興」「勝利」の意味を持つオリーブを(小田光康撮影)

関連URL
「Around the Rings」の公式ウェブサイト http://aroundtherings.com/site/1/Home 
「Around the Rings Japan」の公式ウェブサイト http://aroundtherings.jp